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怒りと皮肉から生まれたムーミンが教えてくれた、大切なこと
負の感情と共に
ムーミンは、原作者のトーベ・ヤンソンがその弟と哲学について口論になった際、悔し紛れに描いた「とても醜悪な生物」がルーツになっていると言われています。
その後彼女はいくつかの媒体でムーミンによく似た生き物を描いていますが、1944年に反戦争の風刺誌「ガルム」に挿絵として登場したのが、今の白くて鼻の長いムーミンの最初の姿だったと言われています。
「とても醜悪な生物」として生み出したムーミンを、反戦のイラストとともに描いてしまうのだから、なんとも皮肉が利いていますね。
このように、ムーミンは憤りや怒りのシーンと共に生まれました。反戦、平和への願い。ムーミンは、そんな想いが形となった存在なのかもしれません。
また、上手く言葉に出来なかったり、普段ぐっと押さえ込んでいる負の気持ちを皮肉っぽく代弁した「ガルム」時代の表現法は、現在の「ムーミン」の世界観にも受け継がれていますよ。
定義の無いいきもの
ムーミンの正式名称は、「ムーミントロール」。トロールは北欧伝承に登場する妖精の名前なのですが、ムーミンがそうかといわれると、それはまた別の話。
トーベ自身は、ムーミンたちを「バーレルセル」だと表現しています。「バーレルセル」とは、スウェーデン語で「存在はするが、よく分からないもの」という意味の言葉。
ここで大切なのは、何者であろうとムーミンはムーミンであるということです。私たちも「学生」や「社会人」「主婦」など様々にカテゴライズされますが、本質的な部分は、ムーミンたちと一緒。
そんなとても簡単で大切なことを表現するために、あえてムーミンたちが何者であるかを定めていないのかもしれませんね。
マイノリティの元に生まれて
さて、先ほどスウェーデンの言葉「バーレルセル」をご紹介しましたが、ムーミンはフィンランド生まれなのでは?と首をかしげた方も多いかもしれません。
実は、ムーミンは元々スウェーデン語で書かれた物語なのです。
トーベは、スウェーデン系フィンランド人の両親の元に生まれました。一家はフィンランド生まれでありながらスウェーデン語を母国語としていて、これは国民の1割未満しかいない、たいへんなマイノリティです。
のちに弟が英語に翻訳したのですが、トーベ自身は、フィンランド人でありながらスウェーデン語を使うことにとてもこだわりと持っていたと言われています。
また、トーベはバイセクシャルとしても有名です。スナフキンは男性の恋人アトスを、聡明で落ち着いた性格のトゥーティッキは、女性の恋人トゥーリッキをモデルにしているといわれています。
当然同性愛は認められていない時代でしたが、トーベは公の場に女性の恋人と同伴するなど、常に自分の在り方に誇りを持って行動していました。
トーベは、他人からの評価ではなく、自分の選択で幸せを決める、自立した女性の先駆けと言える存在でもあります。
私たちは一つになれないということ
女性の社会進出やジェンダーへの理解、結婚や働き方の変容。いま、トーベの時代には無かったような新しい議論が活発にされています。
でも実は、それはトーベが何十年も前からムーミンの物語の中で提起していることと、大きな関わりがあるように思います。
ムーミンワールドの住人たちは、お互いが違う存在で、違う価値感の持ち主だということをよく知っています。そしてそのせいで意見が分かれ、時に激しくぶつかり合うことも当たり前だと思っています。
スナフキンはムーミン谷が大好きですが決して定住しませんし、熾烈な性格のリトルミイも、きちんと彼らに受け入れられています。
他にも、頑固なくせに気弱なヘムレンさん、欲張りで子どもっぽいスニフ、腐った卵のような臭いの意地悪スティンキー。きっとトーベは、こういうふた癖あるキャラクターを、わざと生み出したのだろうなと思いました。
それこそ、マイノリティの元で育ち、戦時中でも平和を願い、怒りと皮肉の中でムーミンを生んだ、トーベならではの人間賛歌なのではないでしょうか。
どんな人でも、自分の信念に従って生きることこそが、なにより大切なことなのだと。
そんな本当の意味で広い世界観があるからこそ、いま、ムーミンが人々の心を動かしているのかなと、そんな風に感じました。
皆さんも是非、令和という新時代を迎えたこの機会に、改めてムーミンの物語に触れてみて下さいね。